京都国際映画祭が開催中の京都で、今年も明和電機のイベントが。
元・立誠小学校での展示と、アンテルームでのトークイベント。
トークイベントの相手が海洋堂のセンム(本当は社長)!
どんなことになるのやら。
まずは元・立誠小学校へ。
黒板に名前を書くと金のうまい棒がもらえるアート。
廃材アートのコウモリがかわいい。
明和電機コーナーでは、あれとこれとそれの体験!
オタマトーンジャンボ!
とELT!
バウガン!
Bの方のバウガン!
ベロミンかぶらせてもろた!けっこう重いよ。
しかし、腰のベルトが短くて届かない…。
悲しい…。
小学校内をうろちょろしながらTwitterチェックしてると、アンテルームにモジャ毛でメガネに白シャツ、ちっこいPCいじってる人が現れた、と!
絶対社長やん!
急いでアンテルームへ。
今回はラウンジではなくカフェで。
まだ誰もいないけど白シャツ社長いた。目があってしまったので手を振っておいた。
社長には声掛けられるのに、小学校にいた、おかけんたには声かけられなかった。なぜか。
なぜかヤノベさん登場!ヤノベさんも参加して~!
ヤノベさんは参加せず、予定通り海洋堂のセンムと対談スタート。
センムはじぶんとこのことを「海洋堂さんは…」と言う。
水木しげるみたいやな。
社長はいつものパワーポイントで説明。ユレックスのときに映った大量のスケッチにセンムがだいぶ感心してた。ちゃんとしてるって。
明和電機の成功例がオタマトーンで、失敗例はユレックスでした。どっちも2009年発売。
大阪であったオタマオフ会の時に「貧乏ゆすりの研究本を書く」って社長が言ってたのを思い出した。
海洋堂さんの成功例はチョコエッグとエヴァンゲリオン。
失敗例は、めだか師匠の等身大フィギュア。
もろもろの事情で腕組みめだか師匠で納品したら、当初の予定通りネクタイと同じ長さめだか師匠にしてほしいと言われたとのこと。
センムは社長のことを「オタマトーンで当てたぽっと出」だと思ってたらしい。
社長は父のことをパパと呼んでいたけど、母のことはママと呼んでいなかった。
海洋堂さんが一番もうかったあの時期は、私は大学生でエヴァンゲリオンにはまってて、心斎橋の男パルコにあったお店によく行ってたな。
あそこで買った赤いカヲルくんTシャツを長いこと着てた。Tシャツ買いの原点はここかもしれん。
当時付き合ってた人がガンプラ好きで、ガレージキットにも手を出してて、ホビージャパンとかよく読んでたな。
海洋堂さんが初めて作ったアクションフィギュアは北斗の拳。
中国の工場でスポーンのフィギュアを作ってるのを見て思いついたそうで。
スポーンも大学時代の思い出やなぁ…。
友達がバイトしてた古本屋兼おもちゃ屋さんにあった。
店長がソバージュ男で、あれは天パだと聞かされびっくりした記憶。
ユレックスの敗因は、考えを突き詰めすぎてしまったこと。
失敗を活かして、トマタンは途中で突き詰めるのをやめたらしい。
トマタンの動画を作ったのは博報堂さん。さすが。
ユレックスの動画は博報堂さんではない。
にいちゃんは土佐家のハレー彗星。
あの時やめたのは「そういう軌道だった」から。
社長は自分にドS、センムはちょいM。
お客さんのむちゃぶりをなんだかんだできいてしまう。
社長は住むとこは船1艘でいいけど、アトリエはちゃんとしたい。
仕事の疲れは仕事で癒す。社長はドトールで絵を描き、センムは模型を作る。これといった趣味はない。
海洋堂のビルには大魔人がいる。撮影に使われた本物。
入口にはお賽銭箱。開眼供養するために比叡山のすごいお坊さんに来てもらった。荒俣さんもいた。センムのお父さんは健在。
来年1月の展覧会の場所はまだ発表できないらしい。センムがだいぶつっこんで、今週末には発表できることを引き出してくれた。
センムにぐいぐいつっこまれてる社長がおもしろかった。
撤収する社長。ヤノベさん再登場。
もうすぐ出る新喜劇ガチャの見本。人選のクセ!
ヤノベさんと社長にサインをいただいた。
社長にベロミンかぶったと報告したら「あれ、髪巻き込まれませんでした?」と言われた。
そんな本格的にベロンベロンしてない。
あんだけグイングインしたらやっぱり髪の毛巻き込まれるんやなぁ。かぶる方は気を付けてね。
(2020年9月に記憶をたどって書きました。)
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